青柳良隆会長が去る平成26年12月9日にご逝去されました。
故青柳良隆会長は、網走テニス協会の前進である網走ローンテニスクラブが設立された2年後の昭和51年にクラブの一員となり、昭和52年には理事長に就任し役員として活躍するかたわら初心者教室などで自らテニス指導をされるなど、あばしりテニス協会の礎を築かれました。
その後、平成2年に副会長、平成16年に会長を歴任し、網走テニス協会の発展に一方ならぬご尽力をされてきました。
平成5年から14年まで10回にわたって開催したJTAトーナメント「オホーツクオープンテニストーナメント」では、誘致と運営に特段の力を注ぎ、トッププロや選手のハイレベルなプレーを目の辺りにする機会と、プロ選手によるテニス教室や交流の機会を当地に与え、その後もプロ選手のテニス教室が当地で行われるなど、技術の向上とテニスの普及とともに、全国に網走市のテニス環境の素晴しさを知らしめるなど大きな功績を残されました。
ここに生前いただいた故青柳会長のご尽力に深く感謝し、心からご冥福をお祈り申し上げます。
網走テニス協会一同
メモリアルフォト
1984、1985年 プレーヤーとして現役時代の頃 全道市役所大会に部員を率いて選手兼監督で出場しました。
井上悦子プロが来網した時です。
平成5年から14年まで10回にわたって開催した「オホーツクオープンテニストーナメント」でのひとこまです。
平成14年 最後の大会となった第10回大会の表彰式で大会終了に際しての挨拶をされました。